たまりば

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2018年01月16日

旧家の当主から聞いた昔の行事③



当地の旧家の一つY崎家のご当主から聞いた昔の行事③

1月14日~16日頃を小正月と呼び、正月の松飾りをはずし、
繭玉を飾りました。

繭玉の行事は、ナラ・ソロ・ミズキ・ヤナギ・ヌルデなどの枝に、
白米・玄米を粉にして紅白の繭形あるいは団子形のものを刺
し、神棚などに飾り豊作を祈るものです。

繭玉は歳神様・大神宮様・荒神様・井戸神様・便所神様・大黒
柱・米俵の上などに飾ります。

Y崎家では樫の枝に米粉や麦粉で繭団子を13日に作り、14日
に天井に飾ったそうです。


  


  • Posted by まつざきひろし at 13:00Comments(0)昭和時代の田無

    2018年01月15日

    旧家の当主からきいた昔の行事02


    当地の旧家の一つY崎家のご当主から聞いた昔の行事②

    1月3日の太閤器(盛り器・写真参照)は大盛りにする。
    1月4日、祭神様での供物でおじやを作り、男が食べる。
    荒神様での供物でおじやを作り、女が食べる。
    他の神様の供物で作るおじやは男女区別無く食べる。
    このような仕来りを「棚さがし」と言う。  


  • Posted by まつざきひろし at 13:00Comments(0)昭和時代の田無

    2018年01月14日

    旧家の当主からきいた昔の行事。



    当地の旧家の一つY崎家のご当主から聞いた昔の行事①

    1.大黒様、大神宮様、恵比寿様、荒神様水上様(井戸神様)、
    稲荷様、仏様、歳神様など十以上の神様を元日にお祭りした。

    2.鏡餅は二段構えであった。

    3.三が日は男が先に起きて、水汲み、火起こし、雑煮作り、
    神様のお供えをし、その後に女性が起床した。
      


  • Posted by まつざきひろし at 16:39Comments(0)昭和時代の田無

    2015年11月28日

    石神井川文化圏その1

    石神井川文化圏があったかどうだか?


    杉並区に住んでいた昭和30年代後半よく
    石神井公園の石神井池に遠征した。

    魚捕りだ。当時、石神井池周辺は水田が広
    がっていて、池の南には西から流れてくる
    小川が田圃の真ん中をのんびり流れていた。
    それが石神井川だった。

    練馬区のHPにあったこの写真の景色その
    ものでした。




    先日、その場所に立ってみた。練馬区石神井
    台1丁目1番地付近だ。予想はしていたが
    、あの日の景色はどこにもなかった。過去50
    年間で東京西部は信じられない速度で変貌
    した。これを「近代化・都市化」と呼ぶそうだ。
    ふ~ん。

    石神井川は田無の真ん中を横切る。
    昔、この付近では「悪水」と呼び、北区王子付
    近では「滝野川」と呼んだそうだ。

    ある文献によれば、石神井川と呼ばれたのは
    比較的最近のことで、長きの間、石神井川と
    は最大の水源である石神井池以東の流れを
    意味したという。

    真面目な本には、小平市鈴木町付近を水源
    とし、西東京市、練馬区、板橋区を通り、やが
    て隅田川に合流する荒川水系の一級河川で
    もある、などと書かれているが、田無での市
    民認識は「どぶ川」に近い。都心から転入して
    きた人は石神井を「いしかみい」と読むし、最
    初は田無を「たむし」と思うそうだ。結構かゆ
    い名前でもある。 


    川好きには二種類ある。下る方に興味を持つ
    人と上る方に興味を持つ人だ。

    後者である私は十年前に奥地の鈴木町を目
    指して探検にでかけた。が、水流が確認でき
    る最上流部は花小金井駅の南にある嘉悦大
    學構内で終わった。川の水源は複数で超高
    級ゴルフ倶楽部の小金井CCの中にあります。

    その嘉悦大学にはいる前は小金井公園の脇
    で、その前は畑の中をこんな感じで走ります。




    警戒も厳重で 貧乏英語教師ではそう簡単に
    は入れない。しかし私は強運の持ち主だ。
    2004年11月23日、付近をチャリで南下すると
    何と倶楽部が雨水処理工事をしていたのです。
    工事発注:小平市 工事施工:鹿島建設。工
    事ともなれば警備は手薄になる。その盲点を
    ついて、工事関係者のような顔をして私は敷
    地内に侵入し、幻の水源地の一部と思える場
    所をデジカメ撮影に成功したのです。川の水
    源と思われる窪地が、ゴルフコースに上手く
    活用されているではないですか。
    こいつ~ぅ。(続く)



    写真 Kasen Infoさんの写真は工事中に覗い
    たときの地下水の合流点と思われる場所。
    ほぼ小金井街道の西側です。  


  • Posted by まつざきひろし at 14:46Comments(0)昭和時代の田無

    2015年10月26日

    青梅街道 田無町並み変遷図

    青梅街道 田無町並み変遷図
    出版のお知らせ。

    クリックすると写真が拡大されます。



              


  • 2015年09月15日

    【中島飛行機三鷹研究所-その稼働期】 

    中島飛行機三鷹研究所-その稼働期







    近辻代表からの情報です。

    「記録する会」幹事の高柳昌久さんが、

    「中島飛行機三鷹研究所-その稼働期」という文章をICUの

    アジア文化研究所の紀要『アジア文化研究』41号に掲載しました。

    三鷹研究所が試作機を作っていた時期を詳しく扱ったものです。ネットで読めます。


      


  • Posted by まつざきひろし at 14:15Comments(0)昭和時代の田無

    2015年09月03日

    【中島飛行機三鷹研究所-その稼働期】 

    中島飛行機三鷹研究所-その稼働期







    近辻代表からの情報です。

    「記録する会」幹事の高柳昌久さんが、

    「中島飛行機三鷹研究所-その稼働期」という文章をICUの

    アジア文化研究所の紀要『アジア文化研究』41号に掲載しました。

    三鷹研究所が試作機を作っていた時期を詳しく扱ったものです。ネットで読めます。


      


  • Posted by まつざきひろし at 15:06Comments(0)昭和時代の田無

    2015年03月07日

    田無音頭。



    その昔 『田無音頭』というレコードが発売された。
    歌手は昭和の大物歌手、三橋美智也さん。
    詳細は↓でご覧下さい。
    http://blog.livedoor.jp/tanashishinbun/archives/112547.html


      


  • Posted by まつざきひろし at 22:10Comments(0)昭和時代の田無